建設コンサルタントのテクノロジー・アセスメントへのすすめ

〜 「対話の時代」 に求められる土木技術者の果たす役割とは 〜

 

前島 修

MAESHIMA Osamu

正会員 遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議・市民パネル

 

投稿に至る経緯とねらい

従来の行政が <社会資本> を整備し、国民がそれを利用するという時代は終わりを告げようとしている。

公共事業の進め方も地元住民との 「対話の時代」 に入ったと考えられる。

ここで紹介するテクノロジー・アセスメントは、一個人による主義主張ではなく、

対話を重視した社会的合意形成を必要とする技術評価である 1

私は、昨年、我が国で初めて公的機関が関与して開催された

農林水産省のプロジェクト 『遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議』 に

市民パネルとして参加した 2

 

さらに、今年5月に韓国・ソウルで開催された 『東アジアSTS国際会議』 にも出席させてもらい、

たいへん貴重な経験をさせて頂いた 3

これらは、すべて私個人が 「市民の立場」 において経験したものであるが

 「土木技術者の立場」 に立ち返って捉え直してみたとき、

新しい時代における土木技術者の果たす役割が、より具体性を帯びて示唆されているのではないか、

との見解から投稿に至った。

 

本稿においては、土木分野に携わる技術者、学者、行政マンなどすべてを

 “建設コンサルタント” と総称して、テクノロジー・アセスメントへの参画を提案している。

既述したとおり、これは決して私ひとりが提唱しているものではなく、

ある分野における人々には、むしろ常識とされている内容のものである。

それを裏付ける事実として、国の施策には既に盛り込まれ 4) 補5、その方向へと向かおうとしている。

 

私の意見を端的に述べると、

土木技術者はその社会的役割と長年の経験から、

政府と市民生活との関わりについて洞察する力が非常に長けているものと考える。

仮に、社会科学的見地における視点を我々土木技術者が身に付けた場合、

例えば、有明海の海苔被害問題においても、世論に対して明確な回答を提示できるのではないだろうか。

さらに、「建設コンサルタント」 の存在意義が充分に世間に認知され、

社会的地位の向上にも繋がることが期待されよう。

 

市民が主役となるコンセンサス会議は新しい合意形成手法として注目を集めてきており、

地方分権へ向けての取り組みや地域活性化のための議論の場での活用に大いなる期待が寄せられている。

 

「土木技術者」、すなわち、<市民のための技術者> <市民> との関わりについて理解を深めることは、

土木技術者の原点を探ることにも繋がり、

その時期においても、新世紀を迎え、絶妙のタイミングであると言ってもよい。

 

土木学会は、地元住民、市民、行政、建設コンサルタントという新しい社会的合意形成手法の展開に

寄与すべきではないだろうか。

土木学会内にも専門委員会を設置して

積極的に社会的テクノロジー・アセスメントに参画していかれることをおすすめしたい。

 

STSSISCON運動

STS、すなわち、科学 (Science) ・ 技術 (Technology) と 社会  (Society)  との関わり

 (あるいは、Science and Technology Studies) や、

社会的文脈における科学 (SISCON Science in the social context) についての議論が活発化するなかで、

近年、政策科学が注目を集めてきている。

 

政策科学は、政策目標に対して複数の選択肢が存在することを明らかにし、

その中から何が最善の政策かを立案・決定・実施する過程であり、

実施方法や政策効果の事前・事後の評価などを学際的にアプローチするものである。

 

土木界においてもなじみの深い問題が社会科学者たちの研究テーマとして数多く取り上げられ、

白熱した議論が展開されている。

 

なかでも、去年の夏に “無駄な公共事業の象徴” として厳しく問われた中海干拓事業や吉野川可動堰、

今年に入ってからの有明海の海苔被害問題などは多くの関係者の関心を集めている。

 

これだけをみると、あたかも、土木界に内在していた諸問題が、

政策科学ブームの火付け役となったとの印象を受けるがそうではなく、

STS研究にかかわる諸研究が国内において始まるのは、

STS Network Japan1と 「科学・技術と社会の会 (JASTS)2が発足した1990年前後である。

研究テーマは、公害、環境ホルモン、原子力、遺伝子組換え、地球温暖化、臓器移植、高度情報化社会など

実に幅が広い。

 

遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議

政策科学において、政策課題を地球環境問題に重点をおいて考えてみたとき、

テクノロジー・アセスメントが思い起こされる。

近年、市民参加型のテクノロジー・アセスメントとして

コンセンサス会議が日本でも試みられるようになってきているが、こうした動きの一環として、

昨年(2000年)、『遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議』 3が開催された。

 

市民パネル18名は、

中村桂子著 『食卓の上のDNA』 (ハヤカワ文庫)の遺伝子組換え作物 (P19P64) を読んで

コンセンサス会議に臨んだ。

 

1回会議 (9/15・東京) と 第2回会議 (9/2324・つくば) で7人の説明者からの講義を受け、

研究施設も見学した後、『鍵となる質問』 3を作成した。

 

3回会議 (10/28・東京) は一般公開され、

会議は専門家が市民パネルの作成した 『鍵となる質問』 に回答する形で進められ、質疑応答も行われた。

 

4回会議 (11/34・東京) で市民パネルは 『市民の考えと提案』 3をまとめ、

記者会見も行い、広く公表した (写真-1)。

 

写真-1 『市民の考えと提案』 の発表 (東京・南青山会館)

 

200125日には市民と専門家との双方向のコミュニケーションをテーマとしたシンポジウム

『テクノロジー・アセスメントへの市民の参加を考える』

〜 「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」を振り返って 〜 (東京・虎ノ門)  が開催された。

 

『遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議』 の運営委員長を務められた

若松征男氏 (東京電機大学教授) が代表の

NPO 「科学技術への市民参加を考える会 (AJCOST=アジュコスト)」 4をご覧いただければ、

コンセンサス会議についての詳細を知ることができる。

 

AJCOSTでは現在、

「私もコンセンサス会議を開催してみたい」 と考えておられる方々が

誰でもスムーズに会議を企画・運営できるような 『コンセンサス会議実践マニュアル』 を作成しており、

筆者もこれに参画している。

 

土木学会もぜひ前向きにご検討頂ければと願う次第である。

 

東アジアSTS国際会議

http://www.ousamaosamu.com/stsmaeshima.files/image002.jpg

2001510日〜13日、韓国・ソウル(延世大学)で日本、韓国、中国、(台湾)の3国間による

『東アジアSTS国際会議』 が開催された (表-1)。

 

-1 『東アジアSTS国際会議』 日本人参加者

 

発表者

中山 茂 (神奈川大学名誉教授)

中島秀人 (東京工業大学助教授)

中島貴子 (東京大学助手)

安孫子誠也 (聖隷クリストファー看護大学教授)

梶 雅範 (東京工業大学助教授)

金森 修 (東京大学助教授)

塚原東吾 (神戸大学助教授)

松本三和夫 (東京大学助教授)

 

その他の参加者

前島 修 (遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議・市民パネル)

三上剛史 (神戸大学教授)

山崎康仕 (神戸大学教授)

平川秀幸 (京都女子大学講師)

 

会議の初日(10日)は大韓民国の環境大臣による歓迎会が行われ、

11日と12日の午前にSTS国際会議 (写真-2) があり、活発な議論の後、晩餐会が設けられた (写真-3)。

 

写真-2 東アジアSTS国際会議

写真-3 晩餐会のようす

 

12日の午後は韓国の環境NGOKFEM Korean Federation for Environmental Movement) の

事務所を訪れた後、歴史ツアーへと移り  Seoul - Puyo – Chonju を観光した(写真-4)。

 

写真-4 故きを温ねて、新しきを知る

 

13日の環境ツアーは   Chonju - Naeso Temple - Saemangum Reclamation Site – Seoul  というコースを巡った。

日本の諫早干拓事業と、よく比較対照される  Saemangum Reclamation Site  では、

反対派と推進派の市民運動が繰り広げられていた。

また、トーテム・ポールをミミズに見立てて干拓事業の反対をアピールする様子も見られた (写真-5)。

 

写真-5 トーテム・ポールをミミズに見立てて反対をアピール

 

滞在期間は 「つくる会」 の歴史教科書問題などもあり、韓国では反日感情がピークに達していたが、

国際会議の関係者は日本人に対しても親切に接して下さった。

 

言葉は会議のみならず、食事時も移動中もすべて英語で行われ、

アジアにおいても国際化社会における英語の必要性を痛感した。

 

日本での留学経験もある 李成奎氏(韓國科學史學會會長)に 特に親しくして頂き、

韓国の歴史や文化についても詳しく教えてもらい、中身の濃い話もできた。

 

李先生の 「日本は <脱亜入欧> から、ようやく <帰亜> の時代に入った」 との言葉の背後にある気持ちは、

別れ際に、同行した日本の学者に深々と頭を下げ、

何度も握手を求める東アジアの研究者たちの姿に現れていた。

 

帰国後、私は、この 『東アジアSTS国際会議』 でお世話になった方々へお礼の手紙を出し、

そのなかで幾つかのエピソードとひとつのポエムを綴った。

 

李先生からの手紙が有意義な旅であったことを物語っている。

 

Gratitude for your nice letter

                     June 10, 2001

Dear Mr. Maeshima;

 

I was very pleased to hear from you.

I like the story of the 30 years old lady and I love the poem you introduced in the letter.

I was very much impressed with your excellent sentences in the letter.

 I printed your letter and read it more than three times.

I really enjoyed the conversation with you during our trip.

As you remember, we talked a lot in the bus, which was very meaningful to me.

I am glad that you seems to have enjoyed your first travel to foreign country in your life.

I hope that you received a good impression of Korea.

I hope to see you again in the future, because we could be good friends each other.

Though we are separate in terms of physicla age, it does not matter,

because I believe we share together something important in our philosophy of life.

 

                       Yours Sincerely,

                       LEE Sung Kyu in Korea

 

新しい動きに期待して

さて、ここからが土木界に向けての発言となるが、

まずは土木界における社会科学的な取り組みについての現状をいくつか紹介してみたい。

 

建設省 (現:国土交通省) では、

1998911日に事務次官を委員長とするコミュニケーション推進委員会を設置して、

コミュニケーション型国土行政をスタートさせている。

 

その推進について対外的に発表したのが、

199918日「コミュニケーション型行政の創造に向けて」である。

 

20001219日には対話型行政推進シンポジウム(東京・虎ノ門)を開催し、

全国における多くの取り組み事例を紹介し、模範とされる取り組みに対しての表彰も行われた。

 

今後も積極的に対話型行政を推進していくことを強調されてシンポジウムを終えた。

 

建設省土木研究所 (現:独立行政法人土木研究所) においても、

1999年度と2000年度に重点研究プロジェクトとして 『地域のニーズを反映した社会資本整備技術の開発』 で

合意形成手法や住民満足度に関する研究を着手されている、といった状況である。

 

これからの土木技術者に求められるもの

以上、述べてきた内容を踏まえながら、

私がこれまで <市民> <土木技術者> の狭間において感じてきたことを率直に述べてみたい。

 

<地域の活性化> に本気で取り組むとき、“我々の暮らしに本当に必要なものは何なのか” という

<生活者としての立場> からの視点が要求され、

技術者自身は “誰のための技術か” という原点の問いに立ち返って考えさせられる。

 

通常業務から離れ、「市民活動家」 として地域の活性化のための活動を実感するとき、

NPOと土木技術者の接点」 を模索すると同時に、

市民科学者、故・高木仁三郎氏の姿 5に 「真の土木技術者像」 を垣間みる。

 

21世紀は環境に対する倫理観を充分に備え、

まず、土木技術者が市民の中に溶け込むことから始める必要があるのではないだろうか。

 

巨大予算、巨大組織による国家プロジェクトが先導する 「官」 の時代は終わりを告げ、

社会資本整備においても、PFIにみられるように 「民」 の時代へと移り変わってきている。

 

この大きな時代の流れのなかで、もうひとつ確実に言えることは、“対話の時代に入った” ということである。

 

技術との対話、市民との対話、地球との対話である。

 

専門的知識を身に付け <技術士> という資格を取ることも大切ではあるが、

一連の社会的な動きを捉え、それよりも時代は “対話のできる技術者を求めている”

ということに気付くのは私だけであろうか。

 

地域活性化の問題は、最終的には <人類も含めた循環型社会の構築> を目指さなければならない。

そのとき、土木技術者自身がどのような思想や哲学を持っているのかが問われてくるだろう。

 

「人間の顔をした科学を目指して!」 などと言われるが、その解釈として、

私は、技術者自身の内面、つまり思想的側面からの技術の提案を要求しているものと考える。

 

思想的側面から提案する心は、これまでのように、ただ、技術を磨くだけでは決して生まれてこない。

 

まず、最初に我々がするべきことは、「技術」 と 「生命」 をはっきりと区別すること。

 

そして、かけがえのないもの、限りあるものを、この地球という星のなかに認め、

<循環型社会> というものを見つめることを通して <自分自身の流れ> をしっかりと見つめ、

それを素直に迎え入れるなかから生まれてくるのだと思う。

 

これに加え <運命共同体> という意識を連帯すること 6

 

これに尽きるのではないだろうか。

 

謝辞

本稿を執筆するに際して、

小林信一氏 (筑波大学大学研究センター助教授、文部科学省科学技術政策研究所総括主任研究官)に

貴重な資料を提供して頂きました。

また、STS Network Japan事務局には

国内におけるSTS研究の歴史についての正確な情報を送って頂きました。

土木界においてSTS研究が進むことで皆様にお礼が出来ればと願っています。

国土交通省と独立行政法人土木研究所においても、記述に誤りがないかを確認して頂きました。

この場を借りて厚く御礼申し上げます。

最後に、コンセンサス会議と東アジアSTS国際会議でお世話になった方々にも、心から感謝の意を表します。

 

キーワード

テクノロジー・アセスメント、STS、政策科学、コンセンサス会議、社会的合意形成、市民参加、対話型行政

 

補足説明

1−テクノロジー・アセスメントは技術評価という意味であり、米国で196768年頃生まれた概念。

新技術に伴って起こる環境や一般社会に対するマイナスの要素を事前に予測し対処しておこうという考え方である。最近になって、地球環境の負荷を低減する動きのなかでテクノロジー・アセスメントに注目が集まり、新しい態様としてコンセンサス会議方式が期待されている。コンセンサス会議の最大の特長は市民が主役という点である。対話型行政を推進する政府にとって、技術評価と市民参加が同時にできるメリットがあるとして注目されている。

 

22000915日〜114日に開催された、農林水産省のプロジェクト 『遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議』 の市民パネル18名のうちのひとり。全国約500名の中から公募抽選された。

コンセンサス会議は1987年にデンマークで始まったもの。今回のコンセンサス会議は過去の実験も含めれば日本での開催は3回目にあたる。4回目のコンセンサス会議として科学技術庁のプロジェクト 『ヒトゲノム研究を考えるコンセンサス会議』 も2000年に開催されて終了している。

 

3−『東アジアSTS国際会議』は200151013日、「東アジアの環境問題」をテーマに韓国の延世大学で開催された日中韓による国際会議である。今回が実質、第1回目の会議となる。主催国・韓国の代表責任者は科学史・科学哲学の重鎮とされる、宋相庸氏 (元・科学史学会会長、科学哲学会会長、生命倫理学会会長)である。ユネスコ関係の方などを含め約30名の参加があった。この種の会議では、まずまずといったところである。中国からは清華大学の代表団が参加。日本からは中島秀人氏(東京工業大学助教授)を団長にSTS研究者12名が参加した。21世紀における東アジアの研究協力を確立するためにあらゆる方面から期待されている。

 

420001128日、文部省学術審議会学術研究体制特別委員会の答申において、「科学技術そのものを各分野協働して研究するプロジェクトの支援:いわゆる “STS” (Science Technology and Society:科学技術と社会、あるいはScience and Technology Studies) 等のプロジェクト研究の支援」が盛り込まれた。2000/11 答申 人文・社会科学研究及び統合的研究の推進方策について(審議のまとめ)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/gakujutu/toushin/001114.htm

 

5200116日に発足した内閣府に設置された総合科学技術会議の科学技術基本計画の概要第1章基本理念によれば、20世紀を振り返って、「科学技術は、人間社会と地球環境を脅かす負の側面をもつことも明確化。」とし、21世紀の展望としては、「生命倫理、情報格差、環境問題等科学技術の社会への影響の深まりへの対処のため、自然科学と、人文社会科学を総合した英知が求められる。」とされている。

http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihu03/siryo1-3.pdf

 

参考文献

1STS Network Japan『STS Network Japan Yearbook』、1990

2科学・技術と社会の会『年報 科学・技術・社会』、弘学出版、1992

3(社)農林水産先端技術産業振興センター:遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議報告書、2001.1

4NPO「科学技術への市民参加を考える会」

5高木仁三郎:市民科学者として生きる、岩波新書、1999

6前島 修:市民の立場を尊重することで共に咲く喜び≠感じることができるかSTS Network Japan News Lettervol.11No.3pp3-42000

 

建設コンサルタント会社勤務

E-mailousamaosamu@infoseek.jp

 

土木学会誌 Vol.87,2002 1月号 pp.64-67 話の広場

建設コンサルタントのテクノロジー・アセスメントへのすすめ

 


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